昌徳宮・・・世界遺産

韓国旅行、最終日のUPがだいぶ遅くなってしまいました。
大邸からバスで4時間揺られ、ソウルに到着。昼食後、昌徳宮見学→仁寺洞散策(買い物)、夕食後は東大門を散策(買い物)。

昌徳宮・・・世界遺産
       昌徳宮は現在ソウルに残存する朝鮮時代の宮殿の中で、
       その原型が最も残っていることと、自然との調和が認められ、
       1997年にユネスコ世界文化遺産に登録されたました。


李氏朝鮮時代の宮殿で、1405年に正宮である景福宮の離宮として建造されました。
その後、1592年の文禄の役などの戦乱で当時の建造物は失われてしまいましたが、
1610年に再建され、270年間にわたり法宮として使用されました。

日本の梨本宮家から嫁ぎ、大韓帝国最後の皇太子李垠の妃となった李方子(まさこ)もこの宮殿で暮らしました。

仁政殿↓・・・昌徳宮で最高位の建物(王の公式行事を行う最も重要な建物
d0026817_21234641.jpg


昌徳宮の見学が以前と変わったようです。制限閲覧区域、自由閲覧区域とあり、この日
後苑(宮殿の美しい裏庭)には入れませんでした。
2007年に訪れたときは自由に広い宮殿内を散策できました。
こちら12
こちらには楽善斎


仁政殿の王座
d0026817_16383732.jpg


宣政殿の内部 :公式の執務の場で、王と臣下が何時間もここに座って議論をしたとか・・・
d0026817_1762995.jpg


熙政堂の内部 :王の日常生活の場
d0026817_17235533.jpg


珍しいものを見かけました。
仰釜日時計 ;影の映る面が窪んだ釜のような形をしていることから名付けられた日時計。
         庶民のため、文字の代わりに動物の絵が使われたこの日時計は李氏朝鮮四代・世宗の頃に作られたといわれており、
         針は北極を向き、縦の経線で時刻を、横の緯線で冬至から夏至に至る節季をそれぞれ見ることができるようになっています。
d0026817_172536.jpg



楽善斎・・・1847年に後宮の処所として建てられました。
       王の死後、王の妾や女官などが残りの人生を送っていたという。
       日本の梨本宮家から嫁いだ方子様(まさこさま)が晩年を過ごされた場所として知られています。

d0026817_16204552.jpg



楽善斎の全景
d0026817_21284778.jpg



李 方子 (り まさこ):梨本宮方子さま
皇族時代 1901年(明治34年)11月4日、梨本宮守正王と伊都子妃の第一女子として生まれました。
父、梨本宮守正は明治維新の前は京都三千院の門跡だった方です。
母は伊都子姫、旧佐賀藩主、鍋島家。とても美しいお方だったそうです。

方子は15歳の時、自分の婚約発表を新聞で知り大変驚きました。
お相手は朝鮮李王朝(大韓帝国)の皇太子である李垠殿下でした。いわゆる政略結婚です。
昭和天皇の妃候補の一人であったこともありましたが、選ばれたのは従妹の良子(ながこ)でした。

1920年(大正9年)4月28日、垠殿下23歳、方子19歳の時、結婚。
戦後は韓国で障害者福祉活動に献身され、1989年4月30日逝去、享年87歳。
夫と愛児の側で永遠に祖国の土となりました。

葬儀は旧令に従い、韓国皇太子妃の準国葬として執り行われ、日本からは三笠宮崇仁親王夫妻が参列しました。

YouTube 「李方子妃殿下の思い」 こちら
by cosumosu52 | 2011-04-29 23:50 | 韓国旅行


<< 昌徳宮のお花 診察日  >>